わたし時間
自分と親と過去との闘い シングルママの日常
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悲しい誕生日
18日は私の誕生日。だけど朝から泣いていた。

私は通院し、出来るだけ前向きになるように
自分のココロと向き合って、病気を受け入れて
日々、波はあるもののなんとかやってきた。

誕生日の前日、母に会った。
たまに会ってはいたけど、母の今の現状は
一つといい話はなく、ココロがまだ弱い私には
耐えられなくて、会うと体調を崩していた。


母はある方のアパートの一室を借りていた。
そして、家を追い出された弟もまた
そのアパートを「ただ借り」していた。
そのある方の家を改築するにあたり
仮住まいが始まった。

ある方というのは、ふとした出会いで
仲良くしていただいていたのですが
その方の息子さんが脳梗塞で倒れ
一時は命も危ぶまれていて、今は
車椅子生活。その時にその方にとって
母がとても力になった、恩返しにしては
重すぎるけど、住む所から何からお世話して
くれている。


仮住まいは母が通う整体に行くには不便で朝、会社に
行く前に送ってくれる。
一人で駅まで行けるようにと電動イスまでレンタル
してくれた。
でもその方も息子の事、家の事、娘の事、仕事
母の事、色々抱えて疲れている。
それを見ている母もつらいし、何もかも世話になって
肩身も狭いと思う。

母に会えば、1つとしていい話はしない。
聞き流せればいいんだけど、まともに受け止めてしまう。

17日、母に会って、弟も借り住まいに転がり込んでいる事が
わかった。
転がりこんでるだけじゃなく、金銭面もすべて母持ち。
うすうすはわかっていた。母は言えなかったんだろうけど。
母が肩身が狭い理由はそれもある。
それはそうだろう。
仕事もしていない。
検討はつく。奴はまともに働けるとは到底思えない。
母から弟をかばう言葉が出ると怒りがこみあがっていた。
でもその母も今は、弟がどんな人間なのかやっとわかった、と。
厄介者。
私はもうず~っと前から弟とは思っていない。

40すぎて、独身で、病気でもない。
他人の方の家によくのうのうといられる。
最近、やっと職探しをしているとのことだけど
たまに面接しては落とされ、あとは家でだらだら。
普通ならバイトでもしながら、面接をし、本職探しをしても
いいくらい。

怒りと憎しみでいっぱい。
母をつらくさせてるのがわからないのか。

私は、母がまともに食事もしてない、肩身の狭い思いを
して生活している、居場所がない。
とても辛い生活をしているのに、何もしてあげられない。
それが辛くて、悲しくて。
話を聞いてあげるだけでもラクになれるのに
私は母に会うたびに自分の体調も悪くなる。
だから、できない。

母は泣いていた。
親が泣いているのは辛い。
痛いほど、わかるから辛い。

昨日は起きた時から、辛くて、辛くて
笑顔で息子を見送ったけど。
息子が帰宅するまで、ずっと泣いていた。
息子が帰宅して、息子の顔を見たら、また泣いてしまった。
どんなに辛くても息子の前では笑っていようって
思ってやってきたのに。

息子は驚いた様子だったけど、今まで辛かった事、
今辛いこと、うちの家庭環境、話し続けた。
息子は優しく冷静に話を聞いてくれていた。

私は、私の家族は存在するべきじゃなかったとさえ
思ってしまう。
母も言っていた、父も弟も消えてしまえばいいと。
みんなバラバラで、憎しみあって。私は弟だけは許せない。

父が入院した時も、何十年ぶりに嫌だったけど弟に
私も病気でお見舞いに行けないからよろしくお願いしますと
伝えたら、そんなの知るか!!と怒鳴り散らされた。
その時、あ~もうこの人とは普通には会話はできないなと。
そんなやりとりを見ていた母は、弟をこれ以上刺激しないようにか
私ではなく、弟の見方についたな。悲しかったな。

お誕生日。産まれてこなければよかった、と今でもふっと思う。
でも息子に出会えただけでも産まれて来てよかったんだよね私。

病気のせいか、母の愚痴をまともに受け止めすぎて、自分が
壊れそうになる。
私のココロが元気だったら、母の話くらい聞いてあげられるのに。

なにもしてあげられない。そう考えると悲しくてしかたない。

母もその方にも笑って過ごしてほしい。

支離滅裂な文章で…身内の暗い話をブログに載せるのは
どうかと思ったけど、とぎれとぎれではあるけど、何年も
続けてきたブログ。私の遺書みたいなものになるかな、と思ったり。

幸いに、私には助けてくれる友達がいて
愛すべき子どもがいる。

本来は、親や兄弟がいて、幸せと言いたいけど
悲しい事に、この家族はそれぞれが憎しみあっている。
今までの境遇、この家族とは切りたくても
切れない。でもそこばかりに目を向けていたら
私はずっと前を歩いていくことが出来ない。

離れよう。

でも母だけは笑って過ごせるようになってほしい…
なにも出来なくて ごめんね。。。


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父との半同居
あ~~ご無沙汰ですぅ。

病状は平行線。
先日、気力の出る薬をください、と言って出してもらった薬を飲んだら
朝の10時まで爆睡。休日だったので幸いでしたが…
だんだん体が慣れてきたのか、そんなに寝る事はなくなりました。
でも睡眠時間は昼夜含めたら長いこと(;^ω^)
気力は…というと、動こうと思えば動けるけど、スィッチが入らないと
一日寝たきり~みたいな感じ。
副作用の太るというのも気がかりだけど、もう少し様子を見ます。

実家に戻ってきて、もうすぐ一年。
もともと父は好きではなかったから、正直、一緒にいるのは苦痛。
小さい頃から、怒鳴り散らすイメージしかないし、いまだに人の話は聞かない。
たまに帰ってくるだけだから、まだ我慢できるけど、毎日ならしんどすぎ。

母はよく我慢してきたなと思う。我慢してきたから、難病にもなったんじゃ
ないかと思うくらい。
結果、母が家を出て、私が入る形になったんだけど、よかったのかな。
私がこの家に入る事になったのは、突然、父が私の家を訪れてきた。
あまりのボロ屋に愕然としたとか。(大きなお世話だわ(;´Д`))
自分もずいぶん弱ってきたし、頼る相手も誰一人いない
遺産やらなんやらの話をしたかったのだろう。そうこうしているうちに
実家に住んでもいいぞと。
今に思えば、よかったのか、悪かったのか、わからないけど
流れに沿って行くしかないな。
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